semai92117’s diary

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東京都心の雪

先日東京で11月に積雪があった事が大きなニュースになっていた。たった2cm足らずの降雪に大騒ぎのTV局はともかく、都民の足である鉄道が混乱したのには呆れてしまった。

量が少ないとは言え、毎年数回は東京でも降雪が発生しているのだから、この程度の雪でダイヤ通り走れない交通機関では、公共交通機関として使命を果たしてるとは言えないだろう。

基より安全輸送が第一である事は当然だけれど、2cmの雪で安全と定時運行が両立できない程の脆弱さでは、都民を初めとする近郊住民の足としては著しく能力不足であろう。外国人観光客誘致の政府方針で訪れた寒冷地の外国人は呆れ果てるだろう。

私の小学生時代は、毎年もれなく扁桃腺を腫らして熱を出していたので、当時流行っていた扁桃腺除去手術を母は真剣に考えていたようだった。そんな事もあってか、小学生時代でも雪は降ったと思うけれど雪遊びの記憶は残っていない。因みに私の扁桃腺は中学に行く頃には頻繁に腫れる事も無くなり、無事今日まで私とともに存在してる。

撮り鉄としては、都心の雪は普段見慣れた光景を一変させる僥倖だから、授業日でなければ寒さを押して被写体を求めた。その際には現代のように「運転見合わせ」などという安直な措置は全く無く多少の混乱はあっても、兎に角支障なく東京駅でも新宿駅でも行けた。

手元に残る写真の記録では、1969年3月12日にはあちこちで写真を撮ったようで、かなりの大雪だったらしい。それでも、毎年数日は雪だるまが沢山作れる程の積雪が東京でもあったから、都市がマヒする事もなく過ぎ去ったような気がする。

先日の雪では、奥多摩と青梅間、中央線が高尾と大月間が不通となり、その他私鉄でも各所で乱れが生じて終日大混乱した。

学生時代は、降雪があると作業員が総出で転轍機にカンテラを置いて凍結防止対策をしたり、駅の除雪作業を必死で続けて運行を確保していたが、現代では殆どの駅が減員されたり、或いは改札口に一人でホームは無人と言う態勢だから、幾ら積もろうが除雪作業など不可能だろう。転轍機もヒーターで融雪するので、保線作業員が大幅に減員されてしまっている。

だから、事積雪と鉄道に関しては、人手が多かった昔のほうが何でも自動化して人が少ない現代より遥かに乗客に優しく足を滑らせる事も少なかったし まともに走った。

客も係員も多い東京ですらこんな状態だから、地方の豪雪地帯は更に悲惨な状態で、長野県と新潟県を結ぶ飯山線や、福島県と結ぶ只見線などは最初から除雪を放棄して積雪期間は運転休止になってしまった。移動は車でどうぞと言う事だろうが、積雪の峠道を車で走るのは正に命がけ、鉄道が一番安全な手段なのに、肝心の鉄道が役割を放棄してしまっている。経営者の本心は「儲からないから廃線」と言う事で鉄道離れに拍車を掛ける為に不通にしているのだろう。

現代では雪と戦うのは新幹線だけ。地方路線は廃線できるように利用客を減らす経営方針だとしか思えない状況になっている。

技術や知恵が発展したからと言って、何事も進化してる訳じゃないと言う見本のような現象が起きている。

「2cmの降雪で沿線の樹木が架線に垂れ下がり運転見合わせ」こんな情報がまかり通る現代を昔の鉄道員が聞いたら、笑い者にされるか、罵倒されるかの何れであろうか。

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当時の記録でこの日の積雪は33cm 道路埋設線路の都電は大変だっただろう。

 

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既にレールが埋まる積雪でも山手も横須賀線も走ってた

 

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中央線快速も特急あずさも頑張って走っていた 新宿も線路が埋まる積雪

現代では、こうなる前に全部止めるので、こういう写真は撮れないのだろう。