semai92117’s diary

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旭川機関区

旭川と言えば札幌に次ぐ北海道第二の都市と言う枕詞がつく街だけれど、私の感覚では蒸気を撮りに出掛けた1970年代後半の当時の方が現代より遥かに活気に満ちていたように思う。北海道のほぼ真ん中に位置して、石北本線で北見、網走方面と名寄を経由して稚内方面への宗谷本線が旭川で函館本線に合流し札幌へ通じる交通の要衝だから、林業が栄えた当時は各産地からの集散地だったのだろう。

私が訪れた当時の旭川機関区には、C55型機関車が集まって主に宗谷本線の客車列車を牽引していた。一般的に同好の士の間ではC57型機関車が最も優美であると言われて、「貴婦人」などと言う、凡そ真っ黒な鉄の塊に相応しくない冠詞が贈呈されているが、私の中ではC55型機関車が華奢で繊細な姿で一番のお気に入り機関車だった。

C55型の動輪は、それまで標準だったスポーク型動輪の改良型で内周外側に水かきのような補強がついていた。それでも、推進力の原点である動輪への負荷に耐える為に、以後生産された機関車は全てボックス型に変更され、こちらが標準になっていた。

敢えて女性に例えるなら、逞しい筋骨のC57型サラブレッドのように繊細な足のC55型と言う事で、私はC55型の魅力に惹かれていたのだ。しかし機械物だから、性能は後発のC57型が断然良く、C55型は数を減らしていた。

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ホームの立ち食いそばが断然美味しかった音威子府駅にて